徳島県三好市の「三芳菊酒造」が奏でるロックな日本酒

2024.12.25

四国のほぼ中央に位置する徳島県・三好市は、昭和初期には多くの酒蔵が存在し、“四国の灘”と称されたこともある酒処。毎年2月には「四国酒まつり」が開催され、この日限りの地酒試飲会や酒蔵解放を目当てに、全国から日本酒ファンが訪れる。そんな三好市内に現存する酒蔵は4軒。「三芳菊(みよしきく)酒造」は、市の中心部である池田町に建つ。





小屋根がついた防火壁「うだつ」が上がる三芳菊酒造

崖っぷちでの承継、常識にとらわれない改革


今も残る武家門と武家屋敷は、有形文化財に指定されている

蔵元の馬宮家は、もともとは赤穂出身の武家。江戸時代初期に阿波(徳島)に入国し、池田士と呼ばれる徳島藩直属の武士となった。酒蔵としては明治22年に「馬宮酒造店」として創業。現在、蔵元杜氏を務める馬宮亮一郎さんで五代目になる。





アナログレコードにターンテーブル……酒蔵らしからぬ光景が広がる

地元高校を卒業後、都内の大学に進学した馬宮さん。ハードコア・パンクのバンド活動に明け暮れ、卒業後は東京・吉祥寺のレコード店で勤めた。ある日、母親から一本の電話が入る。「蔵の経営が厳しく、もう倒産寸前。でもなんとか続けたい」。その意を汲んで、帰郷することを決意した。


しかし、それまで家業を継ぐつもりは全くなく、知識も経験もゼロ。蔵に来ていた杜氏の下で酒造りを一から学んだ。5年間の修業を経て、2000年に蔵元杜氏に就任。依然として厳しい経営状況のなか、「続けられるかわからないのなら、思い切ってやりたいようにやろう」と大改革に着手した。




「レコードを“ジャケ買い”するような感覚で選んでほしい」と個性的なラベルを考案

「ライバルは他の酒蔵じゃなくてソフトドリンク。日本酒を飲まない層を開拓しないと」。酒造りの方針変更を決断し、従来の淡麗辛口から、真逆ともいえるフルーティーな甘口へと転向した。味の改革にあわせてラベルデザインも一新し、地元のイラストレーターが描いたキャラクター入りのものに変えた。


しかし、一筋縄では行かない。「味がおかしい」「売れないからイラストで注目させるんだ」。方々から批判の声が上がった。それでも信じた道を貫き、地道に支持者を増やしてきた。今では日本全国、さらには世界各地にファンの輪が広がり、生産量は改革前の約3倍である700石(約12万6000リットル)にのぼる。


初めて口にした人に「飲みやすい! これが日本酒!?」と驚かれることも多い、現在のラインナップ。ファンの中で女性や若い世代の割合が高いのにも頷ける。「三芳菊のお酒をきっかけに日本酒を飲むようになった、と言ってもらえるのがなにより嬉しいですね」。




もうひと手間で、日本酒に付加価値を


振動を利用して音を出す「加振器」をタンクに取りつけ、醸造中のお酒に音楽を聴かせる

馬宮さんの挑戦はそれだけにとどまらない。最近では、徳島県南部の牟岐町の海底にお酒を沈めて熟成させたり、「加振器」をタンクに取りつけてお酒に音楽を聴かせる「加振酒」を造ったり、さらには聴かせるためのオリジナル楽曲を消費者から募ったり。他に類を見ないユニークな取り組みを次々と仕掛けている。


「国内の日本酒消費量が年々減少している一方で、海外では高価格帯の日本酒の需要が高まっている。どちらに対応するにも、一本一本の付加価値を高めることが重要だと考えています」。





40年前に清酒で仕込んだプレミアムな貴醸酒「黒瑪瑙」

秘蔵の貴醸酒「黒瑪瑙(くろめのう)」を解禁したのもその流れだ。貴醸酒とは、仕込み水の代わりに清酒を使って造るお酒。「フォーマルな場にふさわしい高級な日本酒を」と、昭和50年頃に国税庁醸造試験所(現在の酒類総合研究所)で製法が開発され、その後全国に広まった。


黒瑪瑙は、当時三芳菊酒造に来ていた愛媛県の伊方杜氏が、1984年に手がけたもの。「せっかくなら唯一無二のいいものを造ろう」と、あえて酒米ではなく地元産の飯米を使用。一般的な貴醸酒は、三段仕込みの最終段階である「留添」で清酒を加えることが多いが、黒瑪瑙は全量純米酒で仕込み、贅沢極まりない一本に仕上げた。


気になるお味は……?「非常に濃厚な味わい。誤解を恐れずに言うと、みりんや紹興酒のような香ばしい感じ」。通常の清酒よりボディが重たい分、長期間の貯蔵にも耐えうるのだという。


「3年、5年熟成の貴醸酒はよく流通しているが、40年も寝かせたものは全国的にもかなり珍しいはず」と馬宮さん。「黒瑪瑙は前の世代が残してくれた遺産。大事に売っていきたいですね」。




歩みつづけるのはワイルド・サイド


仕込みを行う三姉妹。3人が手がけたお酒は「綾音」「織絵」「胡春」と名づけられた

馬宮さんには3人の娘がいる。東京農業大学醸造科学科を卒業後、日本酒の卸会社を経て、百貨店の酒売り場に勤める長女・綾音さん。姉と同じ東京農大を卒業後、現在はアメリカに留学している次女・織絵さん。現役の上智大学生で、オランダに留学中の三女・胡春さん。蔵で生まれ育ち、幼い頃から酒造りを手伝ってきた。


姉妹が帰郷したら、現在は「四国酒まつり」などのイベントに合わせて行っている酒蔵見学を通年実施したり、武家屋敷を宿泊棟にリノベーションして、英語対応の酒造体験プログラムを提供したりと、インバウンドも視野に入れた“酒蔵ツーリズム”を展開したいという。


馬宮さんが掲げる蔵のコンセプトは「ワイルド・サイドを歩け」。アメリカのロックミュージシャン、ルー・リードが1972年に発表した楽曲のタイトルだ。「自分の歩きたい道があるなら、危険を冒してでも、歩きつづけることは楽しい」と語る歌詞は、まさに馬宮さんと三芳菊酒造の歩みそのもの。これからどんな道のりを見せてくれるのか、楽しみで仕方がない。

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