瀬戸内海を見下ろす丘陵地に佇む小豆島初のワイナリー「224ワイナリー」を訪ねて

2024.10.31

一年を通じて比較的温暖で雨が少ない地中海性気候に恵まれ、1911年に日本初のオリーブ栽培に成功し、オリーブの産地として有名な香川県の小豆島。今では島を歩けばそこら中に可憐なオリーブの葉をつけた木々を見つけることができる。そこから約100年が経った2022年、小豆島に初のワイナリー「224ワイナリー」が誕生した。ワインやコーヒー、茶などの品種における生育地の地理、地勢、気候による特徴を「テロワール」というが、224ワイナリーのぶどうにおけるテロワールは間違いなく、潮風が運ぶミネラル分が多く含まれた土によるものであるだろう。土壌を分析すると、火山性堆積岩、花崗岩がベースとなり、海風で貯まった土壌のミネラル分は日本最高水準であることが分かったという。この土地で自社栽培するぶどうで醸造するワインは、ワイン通たちを唸らせる豊かな味わいがある。




旧戸形小学校に鯉のぼりが上がる5月の風景

高松港からの小豆島の玄関、土庄港から車で約10分、凪いだ海沿いの道を進めば、小瀬地区に入り旧戸形小学校が見える。5月はここ戸形崎の海の上を鯉のぼりが泳ぐのんびりとした風景が、島の春の風物詩として地元で親しまれている。校庭ではグランドゴルフをしたり、海沿いに腰掛けて海を眺めながら一休みしたりする島民も多い。ここからさらに急勾配の坂道を登っていくと、佇んでいるのが224ワイナリーである。プライベートで初めて訪れた時、坂の上から見下ろす一面に広がる瀬戸内海の景色にはっと息を呑んだが、今回再び訪れてみても、やっぱりこの景色を見ると日常が一変し、胸が高鳴るのを感じた。




駐車場からさらに上の坂道を登っていくと、風通しのいい斜面に224ワイナリーのぶどう畑が整然と広がっている。日本のぶどう栽培は主に「棚仕立て」でおこなわれているところ、224ワイナリーでは約1haの畑で「棚仕立て」と「垣根仕立て」という2種類の方法で、デラウェアやシャルドネなど7種類のぶどうを栽培しているのだ。




人の背丈より高い垣根仕立てのデラウェア畑
シャインマスカットがたわわに実る棚仕立ての畑



完熟100%のぶどうで作る瓶内二次発酵スパークリングワイン


完熟ぶどうによる糖分だけで醸造し、リキュールを添加しない純粋なアルコール分のワイン。

224ワイナリーは現在12種類のワインを醸造している。「島シャン(SHIMAシャン)」は自社農園で栽培したデラウェアとシャルドネを100%使用し、炭酸ガスを注入しない瓶内二次発酵スパークリングワインで、すっきりとした味わいが特長だ。自社農園のぶどうの特長を知るために産地のちがうぶどうを取り寄せ、同じ製法で醸造したのが小豆シャンである。大阪府と山形県のぶどうを100%使用すると、微かに風味が変わり驚いたという。





データより頼りになるのは舌の感覚



224ワイナリーオーナーの志賀隆太さん

ショップを併設した醸造所を訪ねると、224ワイナリーオーナーの志賀隆太さんが朗らかな笑顔を浮かべ出迎えてくれた。取材中、大阪弁で饒舌に取材陣を和ませてくれた志賀さんは、2017年に大阪から小豆島に移住し50歳から一転、新天地小豆島でワイナリーを立ち上げたという、とてもパワフルな人だ。




ぶどうの収穫は8月から始まり、取材時はまさに収穫後の仕込みのピーク時期だった。志賀さんの案内で醸造所に向かうと、スタッフが収穫したぶどうの選果作業に奮闘していた。傷んだ果実や内側に虫がいないか確認し、はさみで取り除くとても細かな作業だ。




選果して茎を除いた綺麗な果実は、破砕後にプレスし、果汁に発酵を促す酵母を添加する。224ワイナリーではあくまで、ぶどうについた野生酵母で発酵を促しながら、発酵が足りないようなら補助程度に酵母を加えることを大切にしているそうだ。発酵スピードの管理は繊細で、ぶどうの品種や状態によって発酵速度が変わるので、毎日温度調節をしながら適正なスピードにコントロールする。「毎年ぶどうの状態も気候も変わるので、昨年分のデータを参考にしても当てにならないんです。データより頼りになるのは舌の感覚」と志賀さんは語気を強めた。




一次発酵を終えたら発酵途中のワインを瓶詰めし、二次発酵の段階に入る。毎日瓶を少しずつ回すように動かし、澱や酒石と呼ばれるぶどうに含まれる酒石酸とミネラルが結合してできた結晶性の物質を沈めながら約半年間熟成させると、スパークリングワインの完成。無事に二次発酵ができているかは栓を開けてみるまで分からず、栓を開ける瞬間は毎回緊張感に包まれるのだそう。




広告会社を経営しながら、50歳からワインの修業へ

もともと志賀さんのお母様が小豆島出身で、志賀さんは幼い頃から夏休みには毎年小豆島に1ヶ月半ほど帰省していたという。

「海で釣りをしたり山でカブトムシを取ったりと、島の自然の中でたっぷり遊んでいましたね」

大阪のど真ん中で育った志賀さんにとって、島は最高の遊び場だった。当時からいつか小豆島に住みたいと考えていたそうで、その思いは大人になっても変わらなかったのだ。

大阪で30年前に起業し広告会社を営んできた志賀さんは、小豆島移住後もフルリモートで広告会社の経営と並行し、ワイナリーを営んでいる。そもそも志賀さんがワインにのめり込むようになったきっかけは、30代の頃に出張で何度も訪れたアメリカのナパ・バレーで美味しいワインに出合ったことだった。特にワインに興味があったわけではなかったが、そこら中にワイナリーがあったので一軒訪ねてみたところ、そのワインの味に感動し、他のワイナリーにも入ってみた。するとまた味が違う。

110万円のワインを造るワイナリーのすぐ隣の畑で11000円のワインが売られていたんですよね。なぜこんなに違いがあるのかが不思議で、ワイン造りについてどんどん知りたくなったんです」

味や値段を比べながら試飲を楽しみ、いくつものワイナリーを訪ねるようになった志賀さん。次第に自分でもワインを造りたい気持ちが高まっていった。

「定年退職してから小豆島でワインを造ろうと考えていたんですが、60歳からじゃ体が持たないだろうと、10年切り上げることにしたんです」

50歳を迎えた志賀さんは一念発起して、大阪で100年以上ワイン醸造の歴史を持つカタシモワイナリーの門を叩いたが、本気ではないだろうと門前払いされた。それでも折れずに修業させてほしいと何度も頼み込み、どうにか受け入れてもらったのだった。

1年間は、ワインを仕込むタンクをひたすら洗うことしかやらせてもらえませんでしたね」

修業先に志賀さんの本気が伝わり、2年目以降からはワイン醸造やぶどう栽培も教えてもらえるようになり、その修業期間は5年間にも及んだ。

一方、同時進行で2017年に小豆島に移住し、ぶどう栽培をする土地を開墾。ワイン造りを学ぶだけでも大変だというのに、人生初の農業にも挑戦。もともと山の状態だった場所を切り拓き、土を掘り起こし、畑にすることからのスタートだった。平日は大阪で会社を経営、週末は小豆島で開墾作業、ワインの仕込みの時期にはカタシモワイナリーに通いこむというタフな生活を続けた後、いよいよ2022年にはワイナリーを立ち上げることができたというわけだ。




発酵していく小豆島の食文化



224ワイナリースタッフでソムリエの土屋実季さん(提供:224ワイナリー)

224ワイナリーには心強い助っ人がいる。ソムリエの土屋実季さんだ。初めて224ワイナリーを訪ねた時、ぶどうの栽培方法やワインの造り方について、いきいきと澱みなく語る土屋さんの姿が印象的だった。

土屋さんは、名古屋のイタリアンレストランでソムリエとして働いていた。ゲストに直接ワインの造り手や産地のストーリーを伝えたり、ゲストからのリアルな感想を受け取れたりすることにやりがいを感じていたものの、ワイン造りの現場での実体験がないことに葛藤を感じるようになっていた。そんな中、旅の最中に訪れた小豆島の居酒屋で偶然居合わせた志賀さんのご友人からワイナリー設立の話を聞き、翌朝にさっそく訪問。
収穫ボランティアの依頼を受け「これはチャンスだ!」と224ワイナリーを手伝い始めた。

そのまま小豆島に移住し、今では224ワイナリーのワインの魅力を、ソムリエの立場と生産者の立場から伝える貴重な存在に。ぶどう栽培からワイン造り、見学者の案内だけでなく、イベント好きな土屋さんは島内の飲食店とコラボし、食のイベントも積極的に行っている。224ワイナリーから眺める瀬戸内海の絶景とともに島のワイン、島の食材を楽しむなどなんとも贅沢な時間だ。



素晴らしい瀬戸内の眺め、島の風土が詰まったワイン、そして何よりそれをつくる人たちの人柄や力強いパワーに惹かれ、224ワイナリーに人が集まってくる。

「今後はもっと島内のブルワリー、酒造と一丸となって、島の観光を盛り上げて行きたいですね。一方で、島の人にも私たちが造ったワインを飲んでもらいたい。今でも、杖をつきながらお年寄りがワインを買いに来てくれるんですよ」

醤油、佃煮、ビール、日本酒などの産業を誇る発酵の島に新たに加わった、小豆島唯一のワイナリー。それぞれどんなテロワールを醸していってくれるだろうか。まだまだ小豆島の食文化の広がりが楽しみだ。

編集後記

取材後、小豆シャン(AZUシャン) を自宅でいただいた。まず栓を開けると、部屋中にさわやかな香りが広がり一気に期待が膨らんだ。今回は小豆島でよく獲れる豆アジの南蛮漬けとペアリングしてみることに。




体長10cmほどの豆アジは小豆島で昔から食べられてきた魚。豆アジの南蛮漬けは『二十四の瞳』で知られる小豆島の作家、壺井栄の小説や随筆にも出てくるほどだ

脂の乗ったアジを、野菜と一緒にさっぱりと。そこに小豆シャンを合わせると、口の中にほんのり甘みが広がったあと、柑橘感の混じった華やかさがスッと鼻を抜け爽快だった。それだけでなく、島の旬を堪能している充実感で心が満たされた。個人的には、イカや白身魚のフリットなんかとも相性が良さそうだと思う。

取材・文・写真:坊野 美絵

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